記憶の為に

いろいろと忙しくてブログをお休みしていましたが、元気に生きています。

今日は東北大震災から1年ですね。今日は東北大震災当時の事を書こうと思います。阪神淡路大震災後、5・6年間神戸に住んでいた私は、毎年、震災の日に学校で作文を書かされました。作文は苦手で嫌だったけど、そのおかげで今でも覚えていられることがあるような気がします。私達が「覚えている」ということがどれだけ大切かは分からないけど。

注:これはあくまで、ほぼ自分の為に書くので、作文苦手っ子の読みにくい文章を頑張って読む必要はありません!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
3月11日、朝8時ごろ、いつものように起きてパソコンを開いた。朝起きて、パソコンを開く、というのは日課になっていた。パソコンを開いて、いつものようにメールとソーシャルネットワーキングサイトへ行く。すると、何やら地震のことが書いてあった。またいつものように軽い地震が来たのかと思ったけれど、フィンランドに居る友達もとても心配そうにコメントしていたので、気になってニュースを見た。始めは規模の大きさが分からなかった。まだ、津波や原発爆発事故の前だったから、誰もこれから起こる事の大きさを知らなかったんだ。暫くニュースや友達のコメントを徘徊していた。そうしたら、たまたまNHKを映しているサイトにたどり着いた。

私がそこで見たものは、津波が大きな船を2・3隻、いとも軽々倒していく姿だった。「津波は怖いよ」と幼少から母に教わっていた私は身震いした。映像だけだけれど、怖かった。上空から撮影された映像の中で波はゆっくりと動いていた。ゆっくりと、だけどすごく重みがあるように見えた。家も車も船も、全部飲み込まれていった。

そこから一日、学校にも行けず、ひたすら震災のニュースと映像を見ていた。目をそらすことが出来なかった。日本の友達と家族に連絡を取って、無事を確認したりもした。涙ながらによく分からない感情と戦っていた時間もあった。でも幸い(?)夜はぐっすり寝られた。次の日は朝から先生のバイトだったから、寝ないわけにもいかなかった。

次の日はバイト先の学校で朝礼当番だった。学校は日本語を母国語として教えるがっこうだったから、日本のように、子供達が整列して集まる朝礼を隔週ぐらいでやっていた。「朝礼当番」というのは、そこで仕切る先生の係り。「朝礼の時に黙祷を」してくださいと上司の先生から指示され、子供達に震災の話をして黙祷をさせた。正直、そこでちゃんと喋れるかは不安だった。泣きそうになったし。それぐらい私の心がまだ不安定だったのだ。

朝礼は泣かず、無事に終わってその日の授業もいつものように進んでいった。家に帰ってきて、またネットを観る。完全に昨日が母の誕生日だなんて忘れてしまっていたようだ。

それから幾日か発ったのかどうか、覚えていないけれども、友達と募金をしようという話になった。できるだけたくさんの人を集めてやろうと思った。いろんな人に声をかけた。まだ雪の残っていたヘルシンキの街中で、寒い中みんなで募金をした。ヘルシンキの狭い赤十字オフィスが日本人であふれかえるほどの人が一緒に活動してくれた。日本の旗を貸してくれた人も居た。とにかく何かやりたかったんだ。

募金はとてもたくさん集まった。通りすがりのフィンランド人がいっぱいいっぱい「頑張れ」をくれた気がした。みんなの募金箱が満タンになった。募金は数日間続けた。

地震の後、当時修士論文の面倒を見てくれていた気象庁の人からも、そのボスからも心配メールを貰った。ヘルシンキ大学も日本人の子の精神的サポートなどという時間を作ってくれた。音楽家の友達はチャリティーコンサートを開いていた。

そうして、いろいろと活動しているうちに「辛い」というような思いは薄れていった。

5月に日本に行くと言ったら、叔父が偉い心配をした。フィンランド人のよく面倒を見てくれた人には、日本行きのことを言わなかった。言ったら止められると思ったから。夏に日本に一時帰国しようとしていた友達の何人かは、キャンセルしたり遅らせたりしていた。でも、私は一人身だし、とにかく日本の状況が知りたいと思ったので予定通り行く事にした。

日本は思ったより普通だった。スーパーに物はあったし野菜もあった。東京は節電と言いつつフィンランドより明るい気がしたし、関西の方は全く普段どおりのようだった。日本って狭いようで広い、日本人って団結しているようでしてない、同情があるようでない、そんな感じがした。だって福島の方ではまだ家に帰れない人が居るのに、ちょっと南西では眩しいぐらいの証明の中で店員さんが笑顔で服など売ってるんだもの。一斉にヨウ素薬を買いに行ったり、セミナーを開きまくったフィンランド人の方がある意味団結しているようだった。

震災後の円高は興味深かった。普通なら円安になりかねない状況で、「蓄えていた」日本人がひたすらに日本円を使った結果だ。おかげでユーロは今でも大変だけれども。苦笑

今後の福島はどうなるのだろうか。地震・津波の被害だけなら、それほど心配はしないのだけれど、原発のことがあるのでどうも心が休まらない。遠い未来で良いから、人が地球に優しくなれば良いと思う。じゃないと人は地球に絶滅させられてしまうんだから。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
スポンサーサイト

22:48 | 日本語 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑
スキー休み | top | 氷のアート

comments

post a comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

この記事のトラックバックURL:
http://tulatullalla.blog88.fc2.com/tb.php/454-d0dad6c2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)