仕事・・・ぐるぐるぐるぐる

日本で、学生さんがバイトしてるって言ったって、誰もたいした事とは思ってくれないだろう。

レジ打ちだったり、マックだったり、あるいは年賀状振り分けだったり。

かてきょも塾講も、一体どこの誰が「すごい」って言ってくれる?


私はフィンランドでかてきょで数学と英語教えたり、日本人の子供に国語教えたり、観光客相手にガイドしたり、試験監督やったり、翻訳やったり、いろんなバイトをしてみたけど、どれも一貫して言えるのは、

「みんな自分の仕事の必要性、重要性を分かってる」

ことだと思う。

仕事内容は大した事じゃないかもしれない。でも、日本で言う適当なバイト感覚でやってる人はいない。「仕事」として、誇りとまではいかなくても、責任は持っている。早く終わればいいとか楽な日だったら良いとか、もちろん思う。でも、「適当に」っていう感覚はないように思う。

みんながそうだから、回りも自分のことを認めてくれる。「●●を教えれるのはすごい」「何何ができるのはすごい」そうやって言ってくれる。

とある友達が言ったんだ。

「彼女は郵便局で手紙の振り分けをやってるんだ。僕には向かないけど、几帳面で単純作業が好きな彼女には向いてると思う。僕だったら嫌になっちゃうけど、彼女はそれをチャレンジとしてやってるんじゃないかな。」


日本で、手紙の振り分けをやっていたところで、どこの誰がこんなコメントをくれるだろう?ほんの一部の人じゃないかな?決して貶す事はない。見下すこともない。

掃除の人も、学食の人も、本人も回りも「重要な仕事」だと思ってる。


でも逆に、自分の出来る事を落としたようなことをしてると、突っ込まれる。なんでそんなことしかやってないんだ、って。


「当たり前の日常生活を送るのは意外に難しいものなのよ?」

そう言われたことがる。その時は何の事だかさっぱり分からなかったけど、今なら分かる気がする。毎日朝起きて、料理して、ご飯を食べて、定期的に体を洗って、寝る。更には出かけたりするから、戸締りをしっかりするとか、鍵を失くさないとか。毎日の料理の中で火の元に気をつける、食物を腐らせないようにする、等等。これは意外に大変な事だ。何にもないときなら簡単に出来るけど、忙しい時、気分が落ち込んでるとき、浮かれてる時、そんな時にも「日々の事」は欠かさず行わなければならない。


何が言いたいかというと、「そんな程度のこと」なんてものはないってこと。

赤ちゃんなんて、笑ったら、声を出したら、それだけですごいこと。

大人になってできることが増えたからって、単純な事、簡単な事、日常的なこと、それぞれが「出来てすごい事」じゃなくなるわけじゃないと思う。



昔、「掃除やさんになりたい」と言った事がある。

毎日毎日、人々が気にせず汚した場所を綺麗にする。文句一つ言わずに、目が合ったら笑顔で返してくれる、そんな人になんとなく憧れたんだ。掃除の人には声に出したり出さなかったりするけど、いつも「ありがとう」って思ってる。

大学の掃除の人は植物の水遣りもやるんだよ?

大学にある植物は好き。元気に育ってて、殺風景な建物に緑がよく合うんだ。いつもお世話してくれる人に感謝するのは間違いじゃないと思う。

掃除のバイトは、実際やったこともあるけど、楽しかった。またやりたいと思うけど、「君にはもっと別のやるべきことがある」って言われそうなので、今は出来ない。



そうそう、それとね、フィンランドは個人主義から来たのか、一人一人が責任を持たないといけない小国だからか、他人の仕事には必要以上に干渉しないんだ。

「これはあなたの仕事。あなたの責任。任せたわよ?」

って言われて放り出される。笑


それは単純な仕事でも、大きな仕事でも。

協力しないわけじゃない。でも、個々が責任をもってそれぞれの仕事をしている。




世の中には、大きな仕事をする人と小さな細かい仕事をする人がいる。人の上に立つ人と、人の下で働く人がいる。どっちも重要でどっちも欠けちゃいけない。

昔は人の上に立つ人が好きじゃなかった。なーんか偉そうで、下のことをわかってんのかわかってないのか、なにやら見下した態度で、気に入らなかったんだ。

でも・・・フィンランドの上の人はそうじゃない気がする。下の人の重要性を分かってる気がする。「役割」がそれぞれにあって、それぞれの「役割」は違う。

政治家は好きじゃないけど、じゃぁ今自分が政治しろって言われても出来ない。どんなに下されても、やっぱりあの人達は私が出来ない事が出来るんだ。

上のほうの仕事は上の人に、下のほうの仕事は下の人に、信頼して任せられる関係になったらいいのに。

要らない口は叩かなくていい。上の人にも下の人にも。






・・・・ともかく、上下の信頼関係がしっかりしてるところは良いと思う。

人間的に怪しい人でもいい。仕事を任せられる人、任せてくれる人と働くのがいいと思う。


なんだかぐるぐる頭の中で回ってしまって、あんまり趣旨が分からない日記になってしまいました・・・。



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15:30 | 日本語 | comments (6) | trackbacks (0) | edit | page top↑
再始動! | top | 冬時間~3時が2回~

comments

# 教育とカリスマ
「日本は教育の仕方が実に不器用である」と、言葉にならなくても、そう感じとっている若者は多いでしょう。

自分の個性や特異性を貫くことが否定され、みんなと同じようにとか、あの人のようにとか、今までと同じようにとか、真似ることが肯定される世の中だから、

大人になっても、自分の好きな事や熱中できる事を見つけられないのかもね。だから、責任も何も発生しない。


日本人の不器用な教育っぷりが顕著に表れているのが、“研究の世界”。サイエンスの好きな若手研究者も減滅してしまったり、教授でさえも「科学者は目指すな」と言うくらい。


でも、そんな世の中で、自分の個性を貫く者が時々現れる。彼らは“カリスマ”なんて呼ばれたりする。暗い世の中で、キラキラ輝いている存在だから、多くの若者を惹きつける。
責任の背負い方を、手本になって教えてくれる。

今、若者の手本になるのは、身近にいる親や上司ではなく、そういったカリスマ達なのかもしれません。日本ではね。

スマイルさん | 2009/10/30 16:33 | URL [編集] | page top↑
# 成功者の若い頃
若い頃は恵まれていなかったけれど、成功してお金持ちになった人たちに、一時期関心を持ったことがあります。他の人たちとどこが違うのだろうという点に興味を持ったからです。

郵便配達や商店の店員など若い頃の職業はいろいろですが、1つ間違いないのは、彼らが目の前の仕事を一生懸命にやっていたことです。要領の良さや効率的にやる工夫などは大切にされますが、「手抜き」をしていた人は一人もいませんでした。

どんな仕事でも出発点で手抜きをやるような人は、そもそも大きな成功など得ることはできない、むしろ、人に喜んでもらおうと自分のできることを精一杯やるということのようです。

どうせやるなら本気でやったほうがおもしろい、手を抜いたって何も得られない、もしかしたらそういうことかもしれません。
Satoさん | 2009/11/03 10:44 | URL [編集] | page top↑
# No title
前にどこかで、「小額の金も管理出来ないものに大金の管理は出来ない」っていうのを読んだんだけど、それが仕事にも言えるかもな~って日記読んで思ったよ。

自分のお小遣いの管理も出来ない人が、会社のお金うまく動かせるわけないし、バイトの仕事をこなせない人が、管理する立場に立ってその仕事をこなせるとも思えない。
もちろん、向き不向きもあるだろうし、仕事とプライベートは別、っていうのもあるだろうけど、基本的に、本質的に、そういうものなような気がする。

yumiさん | 2009/11/08 23:10 | URL [編集] | page top↑
# Re: スマイル
そっかー。身近な人じゃなくてもカリスマ達がひっぱってくれたらいいね!
日本の若者、頑張ってほしいね^^
Aki Koyamaさん | 2009/11/10 18:01 | URL [編集] | page top↑
# Re: Satoさん
そうですか~。
若い頃に頑張ってるといいことあるかもしれませんね!
若い頃で無くても、とにかく、いつか頑張ったらその先に何かあるかもしれませんね。
Aki Koyamaさん | 2009/11/10 18:37 | URL [編集] | page top↑
# Re: Yumiさん
おぉ、、なんかすごくそんな気がしますね。
多少の向き不向きとかはあるんでしょうが、小さな事は大きな事に繋がるということですね。
怠けず頑張らなければ・・・。
Aki Koyamaさん | 2009/11/16 03:57 | URL [編集] | page top↑

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