2012年 03月
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02 | 2012/03 | 04

サマータイム

IMG_1150.jpg
家の周りにはまだまだ雪が残っていますが、晴れてサマータイムになりました。

日の出  7:06
日の入り 19:48

だいぶ日が伸びたので、そろそろ時計を気にしながら生活しないと夕ご飯を食べ損ねそうです。


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18:53 | 季節・天気 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

ブログの方向性?

私は、職場でたった一人の日本人。

さらに、学部で博士課程をやってるたった一人の日本人。

きっと、私にしか伝えられないことがある。


突然ですが、だらだらブログにちょっとばかりカテゴリーを追加して、「伝える」を意識してみようと思いました。

「仕事」の話、「大学」の話、「季節・天気」の話、それから「イベント」とカテゴリーを分けてみます。今までの話は今まで通り、「日本語」という所に入れておきます。「休み」も追加した方が良いかな?笑 カテゴリーは自然と増えていくかもしれません。

書き方はあまり変わらないと思いますが、新しいカテゴリー達をよろしくお願いします☆
22:45 | 日本語 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

夏休み

スキー休みについて書いた直後ですが、今日、秘書さんから夏休みについての連絡が来ました。

内容は、夏休みを

1)4月末までに決めること、
2)最低2週間、続けてとること。

また、休みを取るのに特別な工程は必要ありませんが、「休みを短くしたい人は書類を書いて提出して下さい」とのことでした。そして、使わなかった休みは2013年に回すか、最低5年以内に使うとするか、どちらか決めないといけないようでした。

うちの職場は、2年目からは1年間に30日ほど休めますので、5年間の夏休みを1週間ずつ溜めたら、5年目には2ヶ月ぐらい休めちゃいますね。笑

日本では話を聞く限り、休みを取るのはあまり良いことのように思われていないようですが、こっちでは逆に取らない方が困らせてしまうのです。

働く時はしっかり、休む時もしっかり。

学生の時は夏休みもバイトに励んでいましたが、今年は私も旅行などしてしっかり休みたいと思います。
22:08 | 日本語 | comments (2) | trackbacks (0) | edit | page top↑

スキー休み

日本の社会人は1年の間に1週間ほどしか休みが無いそうですが、フィンランドの社会人その1(私)は冬休み、夏休みとは別に、スキー休みというものを1週間取りました。

休みの申請をした時は、「こんな時期に休むのは私ぐらいなんだろうか・・・・」と不安でしたが、職場の同僚も、3日~1週間ほど「スキー休み」を取っていたので、普通のことのよう。怯える必要はなかったようです。

小学校・中学校・高校や大学にもスキー休みはあります。だいたい1週間。

スキー休みというからには、スキーをします。クロスカントリースキーです。フィンランドでは、クロスカントリースキーなら結構どこでも出来ますが、ダウンヒルスキーは場所を選ばないと出来ません。なので、スキーと言えばクロスカントリー。「休みの間、Rovaniemi(北の方の町)に行く」と同僚に言った時も、すかさず、「スキーしに!?」と返されました。

流石にこうなっては、スキーをしないわけにはいかないので、初めて、クロスカントリースキーに挑戦しました!

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やり方が分からなかったので、見よう見まねでやったら、、、案の定間違ってしまいました!笑 一生懸命、手の力を使って進んでたのですが、本当は足で蹴るようにして進むようです。

クロスカントリーは、スースーと簡単そうに滑って居る人しか見たことがなかったので、結構な運動だと言われてもあまり信じられませんでした。でも、やってみたら、本当にしんどかった!特に上り坂!!!気を抜くとすぐに滑り落ちるので、必死に手の力で支えていました。それが間違っていたから余計にしんどかったのか、足を使うともっとしんどいのかは分かりませんが、どちらにせよ、結構な運動量です。

夏にはスキーでなくスティックを使ったウォーキングをしている方がたくさん居ますが、きっとあれも簡単そうに見えて結構しんどいに違いない。

そろそろ雪も解けてきたので、ウォーキングをする方もちらほら出てきています。春はもうすぐでしょうか?

20:52 | 日本語 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

記憶の為に

いろいろと忙しくてブログをお休みしていましたが、元気に生きています。

今日は東北大震災から1年ですね。今日は東北大震災当時の事を書こうと思います。阪神淡路大震災後、5・6年間神戸に住んでいた私は、毎年、震災の日に学校で作文を書かされました。作文は苦手で嫌だったけど、そのおかげで今でも覚えていられることがあるような気がします。私達が「覚えている」ということがどれだけ大切かは分からないけど。

注:これはあくまで、ほぼ自分の為に書くので、作文苦手っ子の読みにくい文章を頑張って読む必要はありません!

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3月11日、朝8時ごろ、いつものように起きてパソコンを開いた。朝起きて、パソコンを開く、というのは日課になっていた。パソコンを開いて、いつものようにメールとソーシャルネットワーキングサイトへ行く。すると、何やら地震のことが書いてあった。またいつものように軽い地震が来たのかと思ったけれど、フィンランドに居る友達もとても心配そうにコメントしていたので、気になってニュースを見た。始めは規模の大きさが分からなかった。まだ、津波や原発爆発事故の前だったから、誰もこれから起こる事の大きさを知らなかったんだ。暫くニュースや友達のコメントを徘徊していた。そうしたら、たまたまNHKを映しているサイトにたどり着いた。

私がそこで見たものは、津波が大きな船を2・3隻、いとも軽々倒していく姿だった。「津波は怖いよ」と幼少から母に教わっていた私は身震いした。映像だけだけれど、怖かった。上空から撮影された映像の中で波はゆっくりと動いていた。ゆっくりと、だけどすごく重みがあるように見えた。家も車も船も、全部飲み込まれていった。

そこから一日、学校にも行けず、ひたすら震災のニュースと映像を見ていた。目をそらすことが出来なかった。日本の友達と家族に連絡を取って、無事を確認したりもした。涙ながらによく分からない感情と戦っていた時間もあった。でも幸い(?)夜はぐっすり寝られた。次の日は朝から先生のバイトだったから、寝ないわけにもいかなかった。

次の日はバイト先の学校で朝礼当番だった。学校は日本語を母国語として教えるがっこうだったから、日本のように、子供達が整列して集まる朝礼を隔週ぐらいでやっていた。「朝礼当番」というのは、そこで仕切る先生の係り。「朝礼の時に黙祷を」してくださいと上司の先生から指示され、子供達に震災の話をして黙祷をさせた。正直、そこでちゃんと喋れるかは不安だった。泣きそうになったし。それぐらい私の心がまだ不安定だったのだ。

朝礼は泣かず、無事に終わってその日の授業もいつものように進んでいった。家に帰ってきて、またネットを観る。完全に昨日が母の誕生日だなんて忘れてしまっていたようだ。

それから幾日か発ったのかどうか、覚えていないけれども、友達と募金をしようという話になった。できるだけたくさんの人を集めてやろうと思った。いろんな人に声をかけた。まだ雪の残っていたヘルシンキの街中で、寒い中みんなで募金をした。ヘルシンキの狭い赤十字オフィスが日本人であふれかえるほどの人が一緒に活動してくれた。日本の旗を貸してくれた人も居た。とにかく何かやりたかったんだ。

募金はとてもたくさん集まった。通りすがりのフィンランド人がいっぱいいっぱい「頑張れ」をくれた気がした。みんなの募金箱が満タンになった。募金は数日間続けた。

地震の後、当時修士論文の面倒を見てくれていた気象庁の人からも、そのボスからも心配メールを貰った。ヘルシンキ大学も日本人の子の精神的サポートなどという時間を作ってくれた。音楽家の友達はチャリティーコンサートを開いていた。

そうして、いろいろと活動しているうちに「辛い」というような思いは薄れていった。

5月に日本に行くと言ったら、叔父が偉い心配をした。フィンランド人のよく面倒を見てくれた人には、日本行きのことを言わなかった。言ったら止められると思ったから。夏に日本に一時帰国しようとしていた友達の何人かは、キャンセルしたり遅らせたりしていた。でも、私は一人身だし、とにかく日本の状況が知りたいと思ったので予定通り行く事にした。

日本は思ったより普通だった。スーパーに物はあったし野菜もあった。東京は節電と言いつつフィンランドより明るい気がしたし、関西の方は全く普段どおりのようだった。日本って狭いようで広い、日本人って団結しているようでしてない、同情があるようでない、そんな感じがした。だって福島の方ではまだ家に帰れない人が居るのに、ちょっと南西では眩しいぐらいの証明の中で店員さんが笑顔で服など売ってるんだもの。一斉にヨウ素薬を買いに行ったり、セミナーを開きまくったフィンランド人の方がある意味団結しているようだった。

震災後の円高は興味深かった。普通なら円安になりかねない状況で、「蓄えていた」日本人がひたすらに日本円を使った結果だ。おかげでユーロは今でも大変だけれども。苦笑

今後の福島はどうなるのだろうか。地震・津波の被害だけなら、それほど心配はしないのだけれど、原発のことがあるのでどうも心が休まらない。遠い未来で良いから、人が地球に優しくなれば良いと思う。じゃないと人は地球に絶滅させられてしまうんだから。
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22:48 | 日本語 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑